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半導体レーザーのメタファー( )

はじめに

 前書きを読まない人は何をやってもダメ。(ホントに?)

 本当はeeic2015の有志による春休みを利用した進捗発表会:spring_obenkyo (どんなものかは "#spring_obenkyo" でTwitterを検索してもらえれば分かるかと思います)で僕が発表した「ゆゆ式をめぐる冒険」の内容を春休み中にまとめておきたかったのですが、ゆゆ式を研究するには春休みの2ヶ月はあまりにも短く、納得のいく成果が出ていないので、それは諦め、とりあえず先学期にふと思ったことを書いておこうと思います。

 注意

 この記事は、一般の方にも読めるようにかなり議論や具体的な数値を省略しています。詳しいことは各位で専門書を当たってください。

 

半導体レーザー

 タイトルにもありますが、皆さんは "半導体レーザー" というものをご存知でしょうか?

 「 "半導体" はともかくとして "レーザー" はわかる。」という方が多いかもしれません。その認識で問題ないです。普段の生活で使われているレーザー、例えばスライド発表の際に用いられるようなペン型のレーザーポインタや、DVDの読み取りに使われるレーザー、手術で使われるレーザーメスなどがありますが、これらには基本的に半導体レーザーが利用されています。他のレーザーに対して半導体レーザーは、小型化可能、省電力などの特徴があるため、現在ひろく使われるようになっています。

 

そもそもレーザーって?

 以降の話と関連してレーザーについて少し触れておきます。(Wikipediaなどを見れば大体はわかりますが)

レーザーとは

 レーザーという名称は "Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation" の頭文字をとったものです。 "Light" は光。 "Amplification" は増幅。光の増幅が…… "Stimulated" は興奮した。 "Emission" は放出。 "Radiation" は放射,輻射。放射,輻射の興奮した放出によって起こる……

 

 なるほどわからん

 

 そもそも光とは何か。これは高校で物理を勉強した方なら分かるかと思いますが、一言で言えば "電磁波" です。電磁波は波なので、周波数があります。電磁波をその周波数によって色々と呼び方を変えているわけです。例えば紫外線だったり赤外線、レントゲンで用いられるX線や、電子レンジのマイクロ波。これらは全て同じ電磁波です。

 また、電磁波にはエネルギーがあります。電場と磁場の振動が電磁波ですので、場の振動がエネルギーとして電磁波には存在します。このエネルギーは当然、速く振動する電磁波、つまり高周波数の電磁波であるほど高くなります。

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 一般的に言われる "光" は赤外線から可視光域を挟んで紫外線を指します。この周波数帯は他の電磁波に対してもかなり周波数が高くエネルギーも大きいです。また、可視光域において "光の周波数が同じ" ということは "その光は人の目には同じ色に見える" ということが言えます。

 

光の吸収と放出

 このように高いエネルギーを持つ光は物質中の分子や電子にそのエネルギーを吸収され、それら分子や電子を "励起" させることがあります。これは大学で量子化学やら現代化学やら量子物理やらを少しでも勉強したことがある方はなんとなく分かるかもしれません。

 "励起" というのは、その分子や電子が外部からエネルギーを与えられることで、エネルギー的に高い位置へジャンプすることを言います。このようにして高いエネルギーを得た分子や電子は、そのエネルギーを熱として放出しながら低いエネルギーに少しずつ落ちていったり、その落差に等しいエネルギーを光として放出することで一気に飛び降りたりします。

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 例えばサイリウムなどは、化学反応によって蛍光分子にエネルギーを与えて励起させ、その分子がエネルギーを失う際の光の放出によって光っています。飛び降りてエネルギーを失う時の落差はバラバラではなく揃っているので、失うエネルギーも同じ。エネルギーが同じということは周波数も同じ。つまり全て決まった色を放出するということ。そのため、綺麗な発色が可能なのです。

 

金属・半導体・絶縁体

 世の中には半導体と呼ばれるものがあります。金属(導体、つまり少しでも電圧をかければ電流が流れるような物質)と絶縁体(電流を流すためにとてつもなく高い電圧を必要とする物質)の中間のような性質を示すものが半導体です。中間のような性質というのは具体的には次のようなものです。ある大きさの電圧がかかるまでは電流が流れず、それを超える電圧がかかれば電流が流れる。大雑把に言えばこんな感じ。(実際には、純粋な半導体ではほとんど絶縁体に近いですが、いろいろと細工を施すことで上記のような性質を引き出しています。)

 これら金属、半導体、絶縁体のような性質の違いはどこからくるのでしょうか。これらは基本的に全て結晶固体であり、原子が規則正しく並んでいます。そのまわりの電子はそれぞれエネルギーを持っています。

 しかしどの電子も自由に好きなエネルギーを持っていられるわけではありません。あるエネルギーの大きさに対して、その大きさのエネルギーを持っていられる電子の数にはそれぞれ限りがあります。この座席は、低いエネルギーから埋められていきますが、結晶固体では座席が全くないエネルギー帯が存在します。それを禁制帯と言ったりします。金属、半導体、絶縁体の違いはこの禁制帯の大きさや電子の席の座り方に表れてきます。

 金属では禁制帯より低いエネルギー帯(価電子帯)に全ての電子が収まり、なお座席数に余裕がある状態になっています。そのため、外部からエネルギーを与えた場合に、電子は容易に高いエネルギーを受け取って加速し、電流が流れ始めます。

 半導体では電子が価電子帯に詰め詰めで入っており、禁制帯のより高いエネルギー帯(伝導帯)は空いているという状態になっています。禁制帯もそれなりに大きく、外部から少しエネルギーを与えられても、そもそも上のエネルギーに座席が無いのでそのエネルギーを受け取ることができないということがおきます。それでは電子は加速されません。その禁制帯を一気に飛び越えられるだけのエネルギーが与えられれば、電子は伝導体にジャンプしてエネルギーを受け取ることができます。そうして初めて電流が流れだします。

 絶縁体では禁制帯がとても大きいため、よほど大きなエネルギーを与えない限りは電流が流れないのです。

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 また、このようなエネルギーを帯のようにして表す図をバンド図と言います。

 

n型とp型

 電子は電気的に負であるということは常識としていいでしょうか。前節で電子が価電子帯からジャンプして伝導体に移動すると言いましたが、その電子がジャンプする前に座っていた座席は、相対的には正になります。この空いた穴を半導体工学においては "正孔" と呼び、電気的に正の電荷を持つ粒子として考えます。

 半導体工学ではこれら電子、又は正孔を、電荷を移送してくれる "キャリア" と呼びます。半導体によってメインのキャリアは異なります。電子がメインのキャリアとなるような半導体のことを "n型半導体" 、正孔がメインのキャリアとなるような半導体のことを "p型半導体" と呼びます。この違いは、半導体結晶の組成から生じます。

 

整流器としての半導体

 少し寄り道ですが、n型半導体とp型半導体をくっつけることを考えます(pn接合)。n型半導体とp型半導体ではキャリアの分布の仕方が異なり(全ての電子のエネルギー平均の値〔フェルミレベル〕が異なる)、結合させた境界付近ではバンド図で段差のようなものができます。そのためキャリアが移動できず、電流が流れません。しかし、pn接合した半導体に対して外部から(p型に正の電圧をかける向き、 "順方向" )電圧をかけることで、その段差を小さくし、電流を流すことができます。しかし逆の向きに電圧をかけてしまうと、段差が大きくなってしまい、電流は流れません(場合によっては逆向きに電流が流れることもあるけれど)。これがいわゆる "ダイオード" と呼ばれるものです。

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半導体と光

 光の吸収と放出 の節で、具体例として蛍光分子の話をしました。半導体でも、電子や正孔を媒介して光の放出が起こります。伝導体にジャンプした電子は、伝導体の一番下、つまり禁制帯との境界までエネルギーを失いながら降りてきます。そして禁制帯の幅と同じだけのエネルギー量を放出して伝導体の一番上に飛び降ります。この時、ある条件(その半導体が直接遷移型であること)を満たしていればそのエネルギーは光として外部に放出されます。

 ところで、皆さんの身の回りのいたるところにLED(Light Emitting Diode)が使われているのではないでしょうか。このLEDはその名の通りダイオードの一種です。順方向に電圧をかけられたpn接合の境界部分で、電子が禁制帯を飛び降り、空いている穴(正孔)にすっぽりと収まる(再結合)際に、その落差と同じエネルギーを光として外部に放出することで発光しています。これを自然放出と言います。これまでにも述べたように、光の色はその落差によって決まるので、用いる半導体によってその色が決まります。2014年にノーベル物理学賞で話題になった青色発光ダイオードは大きい禁制帯を持つGaNが利用されています。このGaNの安定した結晶成長の実現などが受賞理由になっていました。

 

再びのレーザー

 レーザーもLEDと同様に、半導体の発光を利用したものです。ですがその仕組みはLEDよりも複雑です。

 LEDの光とレーザーの光を比べてみます。

 LEDの光は部屋の照明にも使われるように、あらゆる方向に光が広がっています。対してレーザーの光は真っ直ぐに伸びています。そのため、その一点にとても強いパワーが集まっています(レーザーを人に向けるのはダメ、絶対。)。

 また、高校で物理を勉強した方は、レーザーの光を用いて干渉の実験をしたことがあるかもしれません。波には波の揺れるタイミングを表す "位相" というものがあります。光の干渉という現象は、光の位相をずらして重ねることで、その光が強めあったり打ち消しあったりすることを指します。この実験は、レーザーから出てくる光の位相が完璧に揃っているからこそ出来ます(レーザーから出てきた光の位相がバラバラでは最初から干渉しちゃいます)。逆にLEDの光は位相がバラバラです(もし揃っていたら干渉してしまって照明としては使えないでしょう)。

 このように、レーザーの光は直線的で強力であり、位相が揃っている。そのような光です。

 これを実現するためにレーザーでは、LEDのような自然放出ではなく、 "誘導放出" と呼ばれる方法で発光させ、さらにその光を半導体チップで何回も反射させ、増幅させます。

 

レーザーの仕組み

 ここまでの話から、半導体に光を当てるとどうなるか考えてみてください。

 

 

 〜 Thinking Time 〜

 

 

光を当てるということは即ちエネルギーを与えることですから、半導体内部でエネルギーを受け取った電子が禁制帯を飛び越えて励起します。わかりましたか?

 ところが誘導放出は、光を当てて、その光と同じ位相の光を放出させるというものです。どうしたら光を当てて光が放出されるのでしょうか。

 答えは単純なもので、伝導帯に価電子帯よりも多くの電子が存在すれば誘導放出を起こすことができます(そのような状態を "反転分布" と言います)。そのためには外部から電圧をかけて多くの電子を伝導帯にまで流し込む必要があります。

 こうして誘導放出により位相が揃った光を取り出したら、次はそれを増幅します。そのために半導体チップの両端は綺麗な端面になっており、そこでほとんどの光は反射して増幅され、一部の漏れ出た光がレーザー光として外部にまっすぐと放出されます。

 ちなみに実際のレーザーは単純なpn接合ではなく、n層とp層の間に活性層と呼ばれる層を用意し、そこで電子と正孔を再結合させています。

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城下町のダンデライオン

 ここでレーザーのことは一旦、キレイさっぱり忘れてください。

 2015年7月からTBSなどで放送されたアニメ、「城下町のダンデライオン」。個人的にとても楽しめた作品でした。

 あらすじをざっくり紹介します。日本っぽいとある王国に、住宅街の一般的な一軒家に王様の家族が住んでいた。ある日、王様の発案で子ども達9人が国王を決める総選挙に立候補することになり、選挙活動をすることになる。子ども達は思い思いの形で選挙活動をすることで、それぞれ精神的に成長していく。そして選挙当日。果たして国王になるのは誰なのか……

 こんな感じです。

 また、このアニメには、 "櫻田光" というキャラクターが登場します。光は国王第5王女、つまり王様の家族の五女です。

 

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(画像は公式HPより)

 

 。とてもいい名前ですね。性格は光のように明るくマイペースだけど、やるときは真剣に、光のようにまっすぐにやりとげる子です。

 

半導体レーザーのメタファー

 またまた話が変わります。

 2015年の11月末から12月の初めごろに、主にTwitterでやたら "メタファー" という単語がつぶやかれていました。そうです。吹部のあれです(この記事でその件については触れませんが)。

 ちょうどそのころ、僕は光電子デバイスという授業の内容をまとめていました。この授業は光を利用するあらゆるデバイスに関する講義で、授業後半のメインは半導体レーザーでした。授業内容をまとめてスライド発表する際に、僕はよく "光" という名前にあやかって、先述した櫻田光の画像をスライドに利用していました。そのためによく画像検索をしていたのですが、そこでこのシーンのキャプチャを見たとき、ハッと気付きました。これは第9話で櫻田光がショートケーキを食べようとしているシーンです。

 

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http://animeyasan.blog.jp/archives/1038311052.html

ケーキをよく見てください。

 

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これは……

 

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半導体レーザーの模式図そのものではないか……

 

そしてその背後には "光" ……

 

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間違いありません。これはまさしく半導体レーザーのメタファーです。

 

まとめ

・LEDや半導体レーザーはキャリアの再結合によって光として放出されるエネルギーを利用している。

半導体レーザーは誘導放出と反射による光の増幅を利用し、直進性が強く、コヒーレンスな光を放出できる。

城下町のダンデライオンは何気ないシーンに半導体レーザーのメタファーを挿入することで、視聴者が光電子デバイスに触れる機会を得られるように配慮されており、今後の Optoelectoronics の発展に寄与している素晴らしいアニメである。

 

参考文献

・『半導体バイス入門』:柴田 直,2014,数理工学社

・『キッテル個体物理学入門 下 第8版』:Charles Kittel,2005,丸善

・『半導体レーザー工学の基礎』:沼居 貴陽,1996,丸善