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自由帳

人に見られる自由帳

アニメへのまなざし

オタク

この記事は、eeic Advent Calendar 2015の1日目の記事として書かれたものです。ただしこの Advent Calendar は12/3から開始したので、後から12/1の枠を埋めるものとして12/17に公表しています。

 

はじめに

 eeicにはオタクが多い[要出典]

 

 内輪の話になってしまうが、eeicで「オタク」という場合それはあまりにも多義であり前後の文脈なしにはその「オタク」が何を指しているのかは判断できない。「オタクターミナル」、「オタクatom」、「オタクMacBookカバー」、「それなんのオタク?」、「は?オタクじゃん」……

 一般に「オタク」と言われた場合にまず連想されるものの一つとして、「アニメ」があると思う。最近ではゴールデンタイムの音楽番組に声優ユニットが出演したり、映画ランキングの上位に深夜アニメの劇場版がランクインしたりと、ここ何年かでアニメファンの裾野が急に広がってきているように感じる。しかし、いざアニメを観ようとしても、ただ漠然と画面を眺めているだけでは少しもったいない。この記事では、最近アニメを観るようになった、観てみたいと思ってる、そんな人から、普段アニメをよく観ているような人にも、より深く、より多角的にアニメを楽しんでもらうための "まなざし" の向け方を紹介していきたいと思う。

 

1. アニメとアニメーション

  アニメが論じられる際にはこの二つの言葉を分けておくとわかりやすいと思う。次に示すのはこの記事での分け方で、必ずしもこのように分けられるということはない(例えばこのような分け方もある)。

 「アニメーション」が指すのは映像そのものである。画面の中で物が動く。人が走る。飛び跳ねる。それに合わせて音がなる。キャラクターが喋り出す。また、その映像に物語があるなら、(とりあえずこの記事では)それも「アニメーション」に含めてしまう。

 では「アニメ」とは何を指すのか。あるアニメーション作品があれば、その作品から様々なコンテンツ群(グッズ、ラジオ、書籍など)が派生する。その映像本編だけでなく多様なジャンルの商品によって経済効果を生む。そういったビジネスモデルをここでは「アニメ」とする。

 アニメを楽しむ時に「アニメーション」だけを楽しむのか、「アニメ」を広く楽しむのか、それは人それぞれである。この記事ではこの二つをかなり自由に行き来することになるだろう。

 

2. この話、アツい/泣ける/面白いなぁ。

 アニメを観れば何かしらの感想を抱くと思う。もちろんあまり面白いと思わなかったり、自分の好みに合わない作品に出会うこともある。一方で、お気に入りの作品を見つけられればそれはとてもラッキーだしその作品を大切にするべきだと思う。このpartでは「このアニメはアツかった」、「最終回は本当に泣けた」、「登場人物たちのたちの駆け引きが面白かった」など、作品全体に対してまなざしを向ける。

【脚本】

 物語やキャラクターのセリフなどが気に入ったのなら、そのアニメのスタッフクレジットで「脚本」を担当している人の名前をチェックしてみるといい。異なる監督の作品でも、脚本を書く人が同じなら当然その人の持ち味がキャラクターのセリフや所作などから漂ってくる。お気に入りの脚本家が見つかったらその人が脚本を手がけた別の作品を調べてみると面白い。全く違うテイストの作品でどのような書き分けをするのか、どのように自分の持ち味を発揮しているのかを確かめてみたりすると色々な発見があるだろう。

 また、監督と脚本のコンビを調べてみるのも面白い。複数の作品で監督・脚本を同じコンビが手がけていることがあるからだ。

【シリーズ構成】

 シリーズ構成とは、大まかに言えば作品全体の流れをまとめることを言う。物語の展開を作る人と思ってもらっても良いかもしれない(詳しくは→ madhouse.co.jp )。アニメの第1話から最終話までで、どのタイミングでどのようなイベントを発生させてどのように伏線を回収しまとめていくのか、これは脚本よりも(どれほど作品を俯瞰するかという意味で)上のレベルになる。これも気に入ったアニメがあればシリーズ構成を担当した人の名前を覚えておくと良い。有名な人なら1年に複数の作品のシリーズ構成を担当することもある。ただし作品全体を俯瞰して眺めなければシリーズ構成としてどのような「仕事」が為されているのかを考えるのは難しいため、なかなかハードルは高いかもしれない。(ちなみに僕がシリーズ構成として初めて名前を覚えたのはこの方です。)

 

3. このシーン/カット、カッコイイなぁ。

 アニメーションにおいてメインとなる表現はやはりその映像である。おおまかなアニメの映像制作過程をまとめた。

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多くのプロセスを経てアニメーションは作られる。そしてその全ての段階で制作に携わる人の技術や考えが反映されていく。アニメーションを注視することはその仕事を見るに等しいと思われる。このpartではアニメーションを作る過程にまなざしを向ける。

 

【作画 (原画・動画)】

 作画は言ってしまえばアニメーションそのものであり、注目もされやすい。「このアニメは作画が良い」、「後半で作画よくなってきたな」など作画に関する感想を残す人を見ることも多いと思う。最近では『アニメ(ーター)見本市』という企画もあり、より一般に向けて原画・動画の仕事ぶりが紹介されるようになっている。しかし一口に「作画」と言ってもそれに対するまなざしの向け方は多様である。激しい動くアクション。指先の微妙な動き。キャラクターの表情などなど、アニメーションの中の全ては作画によって初めて画面に映し出される。よく動く作画はアニメを録画してコマ送りしてみるのも面白い。剣を振るう動きなら、振りかぶってから何コマゆっくりとためて切る動作に入るのか。そういったことも原画で指示される。

 しかしスタッフクレジットを見ると一つの話数にとても多くの原画担当が付いていることが分かるだろう。気に入ったカットを見つけてもそれを誰が担当したのかはなかなか分からないものである。そういう場合でも諦めずに、その作品が特集されたアニメ誌やムックなどを参照してみてほしい。インタビューを受けた監督や作画監督が「あのシーンは◯◯さんにやってもらいました」などと答えていることもある。また作品によっては作画スタッフとともに原画を紹介していることもある(例えば→ 亡念のザムド > スペシャル )。色々と調べてみる方法はある。

 

【演出(絵コンテ・レイアウト)】

 これはアニメに限った話ではなく映像作品全てに言えることだと思うが、どれだけ面白い筋書きが用意されて、どれだけ良い役者が画面に映っていても、その見せ方がテキトーではそれらが引き立たない。アニメにおける演出は原理的に他の映像作品ジャンルに比べて制作段階における自由度が高いので多種多様な技法が可能になる。アニメならいくらでもカメラを用意できるし現実にはあり得ないことも実現できてしまう。特に意味がないように思える背景のみのカットでもそこで描かれているものはキャラクター自身よりも多くを語ることもあるし、カメラの位置やキャラクターの配置によってもそのカットの意味が変わってくる。

 絵コンテという言葉を聞いたことがある人は多いと思う。有名な作品では絵コンテをまとめて一般に販売されたりもするぐらいなのでアニメーション制作において最も外部に露出しやすい仕事の一つだろう。

 絵コンテとはアニメーションの設計図であるとよく言われる。絵コンテによってカットの切り替わるタイミングや画面の構図(レイアウト)、キャラクターのおおまかな動きや効果音などが指定される。実際に完成したアニメーションと絵コンテを見比べてみても面白いし、絵コンテを見ることでコンテマンがどのような意図でそのコンテを切ったかなどを読み取るのも面白い。また、当然といえば当然だが、絵コンテの書き方も人によって実に様々だ。とても簡略化されたラフのみで構成する人もいれば、一度自分で簡単な映像や完成したものとほとんど同じような絵を作ってしまってそれを貼り付けて指示するような人もいる。

 
【背景】

 つまりは背景画のことである。アニメを観ていて背景を注視するということはそう多くはないと思うが、やはり作品の世界観や雰囲気に説得力を持たせるためにはその作品世界にそぐうような背景が不可欠であると思う。

 背景にも様々なまなざしの向け方があると思う。とても細かくドラマチックな背景が用いられていたり、単純な線と配色で雰囲気を重視したような背景が用いられていたりと、アニメによって背景画そのものの印象は様々であり、それらを描き出すテクニックも当然見どころではある。ただ、ここでは、背景がその画面における他の要素に対してどのような立ち位置でどのように画面全体のバランスを取っているのか、というものを挙げておきたい。先に述べたように、どれほどキャラクターが奇抜な印象でリアリティに欠けるようであっても最終的にその世界における「自然」をもたらしバランスを保つことが背景の役割ではないかと思う小林七郎氏のインタビュー[1]から言葉を借りた)

 

【3DCG】

 技術的な進歩とともにゼロ年代の中頃から今日に至るまでにアニメーションにおいて3DCGが果たす役割は拡大し続け、今ではなくてはならない存在である。3DCGはあくまでも立体モデルを指し、後述する撮影において用いられる「CG」とは区別する。

 今の大学生ぐらいなら小さい頃に『ZOIDS』などで3DCGには馴染みがあるかもしれない。特に『ZOIDS』以降ではロボットアニメでは作品の主役とも言えるメカニックを全て3DCGで描くことは多くなっている。最近では(といってもゼロ年代中頃から用いられてはいたが)劇中に登場する自動車や列車などの乗り物や、物語には関係ないモブを3DCGで表現することも多い。アニメーションにおける3DCGの詳しい歴史に興味を持った人は是非とも調べてほしい。

 3DCGを用いてアニメーションを作れば、それは良くも悪くも物理的に嘘のつけないものとなる。車や列車、モブなどについては自然な(画面上で妙に浮いて見えてしまわないような)動きを表現できる。しかしロボットなどにおいては滑らかでリアリティのある動きか出せるが、一方で現実離れした構図や動きは出なくなってしまう(3DCGを用いながらコマ単位でモデルを置き換えるという手法でそのトレードオフを解消した作品もあるが)。その辺りのバランスを気にしてみると面白いと思う。

 

【撮影】

 撮影とは、完成した原画・動画をコンピュータに取り込み、彩色作業を終えた映像に対して、CG( ≠ 3DCG)を用いて特殊効果を加える作業を指す。かつてセルアニメが制作されていた時代に、透明なフィルム(セル)に線画と彩色を物理的に施しそれらを重ねてカメラで「撮影」する際に、あらゆる手法(グラデーションのついたフィルムを上から重ねる, カメラに対して撮影台を移動させる, 光を直接写し込む...etc)で特殊効果を入れる作業を撮影と呼んでいた名残で、今もこの作業は撮影と呼ばれるようだ。

 撮影においては実に多様な効果が加えられる。水面やガラスなどに反射する光、手持ちカメラのようにぶれる画面、フォーカスの移動などの、カメラにまつわる光学的な特殊効果や、動きに勢いをつける集中線などの漫画のようなエフェクト、画面全体のタッチを変えてしまうなどのシーンを印象付けるためのもの、ホコリや湯気など空間や空気の存在を意識させるためのものなど、挙げればキリがない。各シーンにおいて撮影によって加えられた効果に注意してみるだけでもかなり面白くなると思う。

 個人的な話ではあるが、僕がアニメを観るようになって最初にのめり込んだのはこの撮影であった。当時よく見ていてとても面白かったのが『天元突破グレンラガン』公式HPの『撮影 虎の穴』である。スタッフのわかりやすい解説とともに撮影処理前後のカットを比較できた。現在はもう見られなくなっているようだが、比較動画は残っているようだ。

【撮影虎之穴】 天元突破グレンラガン 【2画面比較】 - YouTube

 

【音楽】

 BGM、劇伴のことである。アニメのサントラなどはよくCDショップにも並ぶので手に入れることは容易であり、普段から作業用BGMなどとして聴いている人も多いかもしれない。

 一般的には、作曲家に音楽制作を依頼し、出来上がった曲をあらゆるシーンに割り当てていくということが多く、汎用的な曲であることが多いように思う。そうであっても映像の演出をより豊かにできるのが劇伴のチカラではないかと思う。また場合によってはある特定のシーンのためだけに作られる曲もあったりする。そういった曲では音楽の進行タイミングなどを映像にぴったりと合わせる作業をするため、とても迫力のある映像が出来上がる。

 アニメを観ていて気になった音楽などがあればやはりサントラなどを探して聴いてみることをオススメする。ハマれば僕のように音楽のライブラリの半分以上がアニメの劇伴になってたりするかもしれない。

 

【SE(効果音)】

 効果音、つまりあらゆる動作や事象に対して付けられる音にもまなざしを向けることはできる。効果音の果たす役割は背景画に似ていると僕は思っている。あくまでもその映像における「自然」を作り出すために効果音を入れる。映像の中の動きから考えられう効果音を全て入れていたらそれは単なる雑音になってしまう。しかし極端に効果音を削ってしまうと、地に足がつかないような、リアリティに欠けてしまうものになる(当然それを狙う場合もあるだろうが)。そのバランスに注目すると面白いかもしれない。

 

4. この声、いい……

 アニメーションにおいては役者は2人存在する。アニメーターと声優である。アニメーターがキャラクターに動きを付けて演技をさせるが、加えて声という極めて重要なパラメタを操作して演技をさせることが声優の為す仕事ではないかと思う。声優はメディア露出も多いため、アニメに関する情報はもちろん、少しプライベートな話もTwitterなどで知ることができたりする。イベントなどでその姿を間近で見ることもできるので、ある意味アニメに関わる人たちの中で最も身近に感じるのは声優かもしれない。ネットラジオもあるしね。

 

5. このアニメにはこういう哲学があるのでは……

 アニメを観てその物語やテーマについて考えを深めていくと、自分の持つ知識や考えと干渉することがあるかもしれない。「このアニメの主題はあの本に書いてあったことと一致しているように思える」、「このアニメにはこういった社会的な意味合いがあるのではないか」、などのようなちょっとした引っ掛かりだ。それを出発点にその作品を構造解析していく、というのも一つのアニメの楽しみ方であり、まなざしの向け方ではないかと思う。

 正直なところ、僕はこういった構造解析はほとんどやったことがなく、他のメディア作品に対する批評に対してアニメのそれが持つアニメならではの魅力を明示することはできない。ただ、アニメでも十分に多角的な批評をすることができ、そこにはまた独特の面白さがあるということは知っておいてほしい。参考として知人(@rovinata_)の書いた(本人曰くゆるふわな)ものを紹介しておく。→ 象徴界

 

おわりに

 ここまで長々と冗長な文章で、僕なりのアニメへの "まなざし" の向け方を紹介してきた。言うまでもないが、アニメの楽しみ方は人それぞれ千差万別である。自分なりのアニメの楽しみ方を見つけてほしい。この記事を読んで、今までとは違ったアニメへのアプローチを試してみたり、より深くアニメを楽しんでもらえたら何よりである。この記事とeeicとの関連性は「オタク」という一点でかすってるぐらいしかないが、このように外に向けて考えをまとめるというきっかけを用意してくれたまざっち(@mazamachi)に感謝。

 

Reference

[1] : 『オトナアニメ Vol.17』, 洋泉社